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贅肉

 贅肉とは怠惰の象徴ではないか。少なくとも僕の体にとってはそうだ。他人のそれぞれの事情については考慮しないし、他人が太っていてもそれを怠惰だとは思わなければ糾弾するつもりも毛頭ない――これは脚注。これは極めて個人的に、僕が僕自身に対して考えている話だ。僕は数年前まではどちらかというとやせ細っていた。ここ数年で一気に体重が増えて、贅肉を纏っている。自分の腹を見ては自己嫌悪に陥り、深刻な気持ちになる。かといって生活を改善する様子は見られず、何かを食らっている。無駄ばかり。自分が引き起こす全ての無駄が、あるいは意思の弱さが、この贅肉に集約されているのではないかとすら思う。それはYouTubeを見て無駄にした午前。小腹が空いたからとコンビニへ行き、ついでに甘いものでも、と、もう一点追加で購入してしまった午後。眠れなくてダラダラとスマホを見ていたら目が冴えてしまい、気づけば迎えていた明くる朝。僕の理性は徹底的に無駄を排除したい。筋トレは何も解決しない。筋肉も要らない。願わくば骨と皮だけになりたい。断食したい。すべきだ。でも妙なことにその決意はすぐに浅ましい欲望で上書きされてしまう。常に直感で行動を決定し、その瞬間欲しい物に手を伸ばし、やるべき内容を遠ざける。ただ、脆弱な理性が「お前が取るべき行動はこれなのか?」と語りかけてくる。それは僕の体を少しだけ重くする。脆弱だから、疑問を投げかけてくるばかりで具体的な行動を伴わないのだ。それは楽しいはずの「サボり」にずっと影を落とす。やがて自重で身動きが取れなくなる。食べ物に手を伸ばす。救いようの無い時間が流れる。僕はこの贅肉を脱ぎたい。そうすれば全てが解決するかのような気がしている。単なる思い込みだと思うけど。

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