抵抗と祝福の夜

 凄まじいものを見た。

 2024年5月8日。EX THEATER ROPPONGIで開催されたworld’s end girlfriendのライブ “抵抗と祝福の夜”。ガザ地区への寄付を含むクラウドファンディングとして発売されたこのライブのチケットを、僕は販売開始と同時に購入した。その甲斐もあって真正面からこのライブを見ることができた。

 開催の数日前、チケットが届いた。しっかりとした黒い封筒に、金の箔押しがされた厚紙のチケット。招待状じみた重厚感に、今まで行ってきたライブとは明らかに異質な、奇妙な予感を覚え始めた。このライブには、ある種の覚悟を持って挑むことにした。

 wegのライブに行くのは初めてだ。あいにくの雨の中、EX THEATERへ向かう。ライブ会場への道程で、徐々に「この人も同じ場所を目指しているんだな」と目星がついていく感覚が好きだ。会場内にはすでにたくさんの人がいて、意外と若い人が多かった。席に着く。思いの外ど真ん中だったので、少しテンションが上がる。会場のBGMに耳を傾ける。Aphex Twinが流れている。

 開幕。ドーン、と、大きなインパクトが会場を揺らす。あまりの音量に、少しばかりたじろいだ。そして演者たちが壇上に上がると、unPrologue Birthday Resistanceが始まった。

 この瞬間、今まで感じたことのない感覚が身を包んだ。数多くのライブに行ってきたが、それを圧倒する超轟音が鳴り響き、それはおそらく、およそ人間が聴き続けていいレベルを振り切っていた。人によっては耳を塞ぎたくなって当然な超高域のノイズ、地鳴りにも似た超低音の振動、それに晒されて、声を発しているわけでもないのに強制的にビリビリと唸る喉の奥。このライブでは着席での鑑賞が徹底され、歓声すら禁止されていた。純度100%の轟音が会場を飲み込んでいく。動けない。身体が硬直して、呼吸が早まっていく。じんわりと涙が滲んでくる。今、何が起こっているんだろう? それは没入していくというより、現実感がどんどん薄れ、全ての輪郭が曖昧になっていくようなイメージだった。

 ライブが進行する。破壊的なギターの音色が耳を貫き、それは痛みすら伴い始めた。正確な音像を捉えられているとは到底思えない。耳鳴りと混ざり始めて、しかしそれでこそ完成するような不思議なハーモニーがあった。普通のライブよりも長い、2時間半を超えるセットリスト。それでもなお、終わってほしくないと思った。ずっとこの音の中にいたい。この音の濁流にこそ安らぎを覚える異常者になってしまった。いや、シューゲイザーを胎内回帰と表す人もいるし、意外と少なくはないのかな。わからないけど。

 最後に演奏したMEGURIは、人生のハイライトの一つとなるだろう。最後の最後、デッデデデデデッ! ってストリングスが入ってくるパートがあるんだけど、あまりにも圧倒的で。演奏が終わった後の余韻というか残響というか。終わってしまったのかという実感と、まだ終わらないでほしいという願望と、本当に終わったのかという疑念と。で、どうやら本当に終わったらしい。この日、最初で最後の拍手が響いた。はずなんだけど、演奏とのダイナミクスがありすぎてあんまり聞こえなかった。自分も力いっぱい拍手したつもりだったんだけど、感覚が麻痺していて、うまくできていた自信が無い。このとき、視界全体が非現実的で、存在が嘘みたいで、酩酊にも似た眩みがあった。未だに、本当にあんなライブがあったのか、確信が持てないというか……。

 帰りに、薔薇の花が配られた。それぞれの花を持った人々が、それぞれの家路に就く。電車の中で呆然とその花を眺め、鳴り止まない耳鳴りに妙な心地よさを感じながら帰宅した。座っていただけなのに、身体に力が入り続けていたのか、筋肉が少し痛む。こんなに消耗するなんて。あれ以来、もう音源では満足しきれない……wegの曲を聴くときだけ、音量の段階を2つも3つも上げて聴くようになった。また一つ、何かがネジ曲がってしまった気がする。

 この体験を文字に起こすことは到底不可能だ。きっと1%も伝わらない。ライブが終わった直後、この気持ちをどう言い表そうか、少し考えていた。何も思いつかなかった。数日経って、ようやくこうして事実を並べる程度のことができた。絶対に忘れることはないであろう、あまりにも鮮烈な音楽体験であったのと同時に、曖昧で非現実的でディティールが朧気だ。だから感覚的でとりとめのない文章になってしまったが……ここに記録しておく。

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